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しんかいぶつ

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「深い深い海の事をお前らはどれだけ知っているんだ?」

次の曲のカウントを始めた(既に2回ほどハイハットを叩いていた)テヅルモヅルを制して下手(しもて)ギターのデメニギスが唐突にMCを始めた。
観客はふと我に返り考える。確かに自分達は深海についてどれだけ知っているのだろう。会場は水を打ったように静まり返っていた。先程までヘッドバンギングしていた首を汗が伝う音まで聞こえてきそうだ。DSDMがこの規模の箱で演るのは何年振りだろうか。世界中で最も幸福な666人とネット上で呼ばれた観客達は、まるでキリストの説法を聞く信奉者の様な表情で二の句を待った。

やれやれまたか…そんな表情で上手(かみて)ギターのミツクリザメがチューニングを始めた。話が長くなりそうだと彼はいつもこうする。そしてその勘は大抵当たっている。ローディーに弦を張り替えさせてもまだ時間が余るかもな、と言って揶揄する冗談が彼の持ちネタになる程だ。
バンドを組んでもう何年だろうか。人生の半分以上このメンバーで一緒にいるのだ。家族の様だと誰かが言ったが彼ら自身はただの腐れ縁だと思っている。照れ隠しではなく本当にそうなのだ。そしてそれはバンドを続けていく上で障害になることはない。寧ろ適度な距離がバンドを存続させていると言っても過言ではない。
「…わかったか?深海は過酷な世界なんだ。お前達が思ってる以上にな」
マリアナ海溝チャレンジャー海淵について説明し終えるまでデメニギスのMCは続いた。スイッチが入った時の彼は誰に止められても話をやめないのだ。そんな彼をファンは親しみを込めて「先生」と呼ぶ。圧倒的演奏力がありながらフェスに呼ばれない理由は推して知るべしだろう。

ベースのラブカはMC中一点を見つめ或るインタビューを思い出していた。この世界ツアーが始まる前の記者会見(スケールの大きなバンドはそれくらいやらなきゃ、というレコード会社の意向でお膳立てされたものだ)でのやりとりだ。
「色物だと思われている自覚はありますか?」
外国人記者がこんなことを訊いてきた。デビュー当時のお決まりの質問だがもう自国でそんな事を聞いてくる奴はいない。音楽でそれを証明し続けて来たのだ。1stアルバム「深海のデスマーチ」は最高位こそ低かったが2年以上に渡りチャートに留まるロングヒットとなった。満を持してリリースした2nd「怒りの潜水者」は初登場一位を記録し、ダサいの象徴だったメタルに新風を吹き込み多くのフォロワーを生んだ(後にこの時期の盛り上がりは「メタルの春」として語り継がれる事となる)。そのブームの火付け役が色物だなんておかしな話だ。
「ツアーが終わった後に同じ質問をしてくれ。それが答えだ」ラブカは憮然として言い放った。記者は納得がいかない表情で肩をすくめる。援護射撃の様に別の外国人記者が「貴方のベースは6弦ですがギターと間違えませんか?」と訊く。質問なのかジョークなのか真意をわかりかねたラブカにこれが婉曲の批判だと気付くまでそう時間は要らなかった。記者の腕章を見ると古参のメタル雑誌だ。多分メタル原理主義者なのだろう。DSDMの音楽は新しいテクノロジーを積極的に導入してきた。最新シングルは一聴するとダブステップの様だ。生で再現できるのかという批判めいた記事を一蹴した前回のライブはファンだけでなくダンスミュージック界隈からも映像化が待望されている。
「大丈夫、うちのギターは二人とも7弦だからな」
ラブカの気の利いた答えに会場は湧いた。世界ツアーの壮行ライブが本国で行われることがアナウンスされて記者会見は終わった。そう、今まさにそのライブの最中なのだ。

カウントの後にディストーションの効いた凶悪なリフが鳴り響いた。全音下げしてさらに7弦を一音ドロップした重い響きが会場に轟き、満を持してフロントマンの”皇帝”スケーリーフットが口を開く。彼のグロウルが地鳴りの様に会場を揺らした。決して比喩ではない。現にPA卓のドリンクの水面が波打っている。「深海層から海表面まで」と例えられる彼の音域はまるでメタルを歌う為に存在しているようだ。それだけでは無い。彼は地球上の生物の中で唯一体が鉄で出来ているのだ。鉄の鎧を纏った、正にナチュラル・ボーン・メタラーだ。

「深い深い海の事をお前らはどれだけ知っているんだ?」
先程の問いを反芻してみる。正直わからない事だらけだ。ただ確実に言えるのは、今ここに本物のメタルが鳴り響いているという事だ。彼らの音が細分化されたメタルを征服し、世に蔓延る軟弱な流行歌を制圧し、新たな様式美を生むだろう。ステージ上に乱暴に掲げられた彼らのフラッグを旗印として、メタルのみならず音楽の歴史が塗り替えられるのだ。予感では無い。これは確信だ。つよしはヘッドをバンギングさせながらメロイックサインを掲げた。

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